私は今ある一冊の心理と人間の脳力に関する書を読んでいて、その中で興味深い箇所について、引用させていただきます。これは、自分の能力をフルに発揮させる必要がある人にとっては、とても有益な理論だと思います。
わたしは学校のコンサートで自作の曲を演奏したことがある。何日も一生懸命に練習した。コンサート当日、拍手に迎えられてピアノの前に座ったとき、最前列にピアノの先生がいるのに気づいた。演奏を始める。とてもうまくいった。練習のおかげでわたしの指は自由自在に自然に鍵盤の上を走り、音楽は滑らかに流れていく。ところが、なぜかわからないがとつぜん、これからどうしたらいいかわからないという妙な考えに取りつかれた。次に指はどこに動くのだろうと思ったら、指使いを思い出せないのに気づいた。パニックになりかけた。数小節はじつにひやひやもので、もう諦めてピアノ前から立ち去ろうかと思った。弾き方を思い出せないという恐怖に襲われたわたしは、たまたまピアノの先生に目をやった。先生はわたしにほほえみかけて目を閉じ、掌を下に向けて膝の上で優しく上下させて、だいじょうぶ、曲に没頭しなさい、と伝えてくれた。わたしはそのとおりにした。突然、指は自然に動き始め、演奏は続いた。
ずっと後になってから、あの日に起こった出来事が何なのかわかってきた。わたしは一生懸命に練習して、ほとんど自動的に演奏できるようになっていた。そして自動的であるあいだはうまく演奏できた。だが考えることで脳の自動的なプロセスが乱されて、もっと思考の遅いプロセスが始まったのだ。練習のときはそれでいいが、演奏のときはそれはまずい。あれは、人生のうちでもっとも驚くべき発見の一つだ。恐怖や不安は日常生活の自動的なプロセスを乱し、人生という音楽を停止させる思考の麻痺を生み出す。そのうえ、恐怖や不安は自動的に行っていることを再び意識し始めたときに起こるのである。
( 不安を希望に変える、スリニバサン. S. ピレイ 吉田利子 訳より )
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